新市立病院のあり方を考える市民の会

市立病院は拡大方針を改め、身の丈にあう病院にしなければ破綻します

病院を持った経験がない松本市は、医療、病院経営、国の医療政策を何一つ分かっていない。一方、市立病院は自分達のことしか考えず、経営を度外視してきた。この両者が作る計画は破綻すると言わざるを得ません。管理者は急性期・ミニ総合病院化を主張します。事務部長は長野市民病院にいた経験から巨額な病院を主張します。しかし、取り巻く時代背景、立地条件、病院の規模、病院の診療レベルが、松本市立病院と長野市民病院とは全く違います。市長は、当初の縮小方針を変え拡大方針に同調しました。さらに、地震の発生を考えず危険で狭い場所を建設敷地に決めました。市長が巨額な病院建設を急がせ財政規律を曲げれば、松本市の財政は揺らぎます。管理者、事務部長を代え「身の丈にあう病院」にしなければ 「病院を建てて潰す」、そして、誰も責任を取らない愚を犯すことになります。

2016年、市立病院の流動資金が11.1億円まで減少し、このままでは数年で債務超過(倒産)になる寸前でした。2017年10月、市幹部も病院の窮状を憂い松本市医師会顧問に相談を持ちかけた。これが「市民の会」が発足した契機となりました。市立病院にとって自ら抜本的経営改革を行うチャンスでしたが、松本市は3年間で19,4億円を補填して経営危機を救ってしまったのです。これによって、市立病院には幾ら赤字を出しても松本市が穴埋めしてくれるという行政依存体質が染み付いてしまいました。

野村ヘルスケア・サポート&アドバイザリー株式会社による、松阪市民病院総合企画室 古口 務氏の寄稿「松坂市民病院の紹介と自治体病院の現状、自治体病院が赤字になる原因」は、我々に貴重な示唆を与えてくれます。

1.松阪市民病院の紹介

三重県松阪市の人口は16万人で、周辺部を加えると25万人。市民病院(328床)、済生会(439床)、厚生連(480床)、3病院が連携し365日の救急輪番体制を維持しています。

2.自治体病院の現状

自治体病院で「黒字」「赤字」を問題にする場合、自治体からの繰入金が大きく影響します。医療に対する収益(医業収益)の源泉は診療報酬が基本です。自治体病院と、自治体病院以外の公的病院や民間病院との経営(収出)状況を比較する場合には繰入金(税金)を除いて検討する必要があります。「図表3」のランキングは、「純利益=医業収益(入院・外来・その他)-他会計繰入金(税金)」で求め、さらに、「純医業収支=純医業収益 −(人件費+材料費+減価償却費+その他経費)」で求めています。このようにして計算された純医業収支がプラスの病院は、2017年度で自治体病院776病院中わずか20病院(2.58%)過ぎません。ほとんどの自治体病院は赤字になっています。一方、松阪市民病院の経営は身売り寸前でしたが、DPC(包括支払い方式)の導入を契機に、全職員の意識改革を行い、大経営改革が達成でき運営されています(「図表3」の第10位)。

3.「図表3」から分かること

(以下の4つの○印は、松本市立病院経営を考察するために特に参考にすべき、順位12,13,14,15の122~174床の4病院について特記するもの)

  • ○ 病床利用率は66.6%から91.2%である。
  • ○ 純医業収益は11.8 億円から32億円 である。
  • ○ 純医業収支は2,400万円から6,400万円の黒字である。
  • ○ 他会計繰入金は6,000万円から1.7億円である。
  1. 174床の石川県公立羽昨病院の病床利用率は82.1%、純医業収益は31.9億円、純医業収支は4,200万円の黒字、他会計繰入金は1.7億円である。
  2. 243床の山口県光市立大和総合病院の病床利用率は96.9%、純医業収益は21.7億円、純医業収支は1,800万円の黒字、他会計繰入金は1.4億円である.
  3. 215床の松本市立病院の病床利用率70.3%、純医業収益は39.4億円、純医業収支は5億円の赤字、他会計繰入金は4.2億円である。市立病院は6年間連続赤字経営であった。
  4. データは病床利用率を最大限上げても、自治体病院の純医業収支は数千万円の黒字でしかないことを示している。病床単価を4.2万円から6.3万円に上げても、相当する患者が入院しなければ収入は増えない。現在の厳しい診療報酬で、松本市立病院の診療レベルでは簡単に黒字にならない。病院側の経営予想は“絵に描いた餅”に過ぎない。
  5. 市長(病院局)が発表する、最近3年間の黒字は、コロナ補助金と他会計繰入金(税金)によるもので真っ赤な嘘である。「赤字」を「黒字」と言って市民を騙している。健全経営だから巨額な病院を建てても心配ないと虚偽宣伝することは、犯罪行為に匹敵する。
  6. 図表3の一番右側の列が示しているとおり、市立病院の医業外収益である他会計繰入金(税金)4億円は、異常なほど過大である。新病院では7億円まで増やすという。まともな経営をしない病院に経営破綻を避けるためだけに起債返済他で税金を漫然と注ぎ込むことは、決してやってはいけない。
  7. 医業外収益(税金)の繰入額は総務省の基準に従っていれば良いという考えは間違いだ。なぜなら、自治体病院に幾ら税金を注ぎ込んでも97%強が赤字から抜け出せず、どこの自治体にとってもお荷物になっているからである。
  8. “医療を縮小する方針”の国からすれば離島、僻地を除いた自治体病院は経営改革に取り組まない限り合併、縮小、淘汰される運命にある。

4.自治体病院が赤字になる原因

1)職員の危機意識の欠如

「企業変革力」などの著書で有名なハーバード大学のジョン・P・コッター名誉教授は「全職員が危機意識を持たなければ、経営改善の達成は難しい」と言っています。ところが、どこの自治体病院でも、それぞれの職員は、「自分たちは最高の医療を提供しているのだから潰れるわけがない」と考え、危機意識を持っていない職員が多いといわれています。

松本市立病院は、これに波田町時代から権力に黙って従う恭順意識が加わります。現在の市立病院の移転新築に際して、波田町幹部は農地に公共施設は作らないとして、病院も小学校も安全とはいえない場所に建てました。当時の病院職員は安全な健康福祉センター周辺を強く希望しましたが、叶いませんでした。そのことは今も語り継がれています。現在でも、波田の歴史を知らない管理者・事務部長を除き、皆同じ考えだと思います。時代も権力者も変わりましたが、上の命令に従い巨額な病院が建てばよいと考えているのか? 医療従事者として地震が起これば危険なことが分かっている場所に反対の声を上げません。「誰のための病院か」が分からないとは、実に嘆かわしいことです。

新築に際し、より高機能な医療機器を買えば費用がさらに増えます。自治体病院建設の場合、返済可能な限度額は、土地代を別にして建設費と医療機器購入等の合計が、年間医業収益の1.2倍〜1.5倍以内ではないかと、前述の古口 務氏の寄稿で示唆されています。「市民の会」もこの数字を強く支持します。

2)病院新築の際の高額な建設費

自治体病院の経営において、新築する場合の建設費が病院経営に大きな負担となります。自治体の場合は、最初に「建設ありき」で計画しており、国、自治体からの企業債(借金)を利用することが多く、年間の医業収益以上に豪華な建物を建設する傾向があります。一般的に自治体病院は民間に比べ建設費は約2倍以上です。大阪万博、リ二ア新幹線、災害復旧で人件費が高騰しており、建設労働者不足、円安も含め資材高騰も改善しないでしょう。従来型の官庁発注方式では建設コストの抑制は難しいですが、近年ローコストで質の高い病院建設をしているところも見受けられるので、是非参考にして欲しい。また、過大な設備投資を回避すべきであり、設備を保有する他医療機関に必要に応じて依頼、連携すべきです。

自治体病院では新病院を計画した人は数年後には退職してしまい、直接関与していなかった病院職員が企業債を返済していくことになります。起債の返済のため経営が悪化し、病院存続の危機になりかねないことを十分認識すべきです。

管理者と事務部長は西部地域の基幹病院を力説して巨額な病院を作る根拠にしています。自分達の病院さえよければよいのでしょうか?高度医療や専門医療が欠かせない現代では、松本医療圏(松本市、塩尻市、安曇野市)での病院の棲み分けと連携が常識になっています。常勤医7科、180床の松本市立病院は、誰が考えても「身の丈のあう病院」へ生まれ変わる以外はありえません。民間と行政で箱物は3割高くなると言われています。2017年、246床の急性期の小諸厚生病院の建設費72億円に対し、215床の市立病院の予定額は103億円でした。現行実施設計における建設費+設備費を病床数で割ると(124.6億円+8億円)÷180床は1床7,366万円、これは急性期の高度医療を行う病院の1床3,700万円を遥かに凌ぐ目を覆いたくなる数字です。古口論文のとおり医業収入40億円の1.5倍の60億円を上限とすると、60億円÷180床では1床3,333万円であり、これでも2,440万円を遥か超え得る金額です。

3)事務職員の定期的な異動

自治体病院では、事務職員の定期的な異動があることも、他の公的病院、民間病院と大きく異なります。昭和の時代、好景気と高い診療報酬で、誰が事務職をしても経営的に大きな問題はありませんでした。今や本庁から異動してきた病院未経験の職員では対応できなくなっています。医療の未経験者が新たに配置されてやっていけるほど、今の医療情勢は甘くありません。これは、地方公営企業法適用の全自治体の共通した問題であり、「地方独立行政法人」に移行しない限り解消出来ないと考えます。

4)新人職員に対する医療に関する教育体制の不足

医療に対する、正確で、時勢に応じた研修が極めて少ない。松坂市民病院では、職種別に年間3〜4回の研修会を実施し、特に役所からの異動による事務部長には、筆者が直接個別に研修を実施しています。

5)「隠れた人件費」としての委託費

委託費(外注費)には検査、寝具、清掃、医療業務、滅菌業務、保安業務、給食業務等があります。2020年の厚労省の調査では、自治体病院9.7%、社保関連団体病院7.6%、その他公的病院6.6%、医療法人5.4%でした。自治体病院での比率が高いのは、人件費率を少しでも低く見せるため委託費に置き換えているからです。「隠れた人件費」と呼ばれるゆえんですが、委託費には受注企業の儲けが上乗せされ、10%の消費税がかかることも注意する必要があります。今から20年前、病院原価が注目された際、真っ先に検討すべきものが、医事課業務と患者給食の委託化でした。しかし、全国の病院の医事課業務の委託化は2003年の41.9%から減少し、2018年には35.2%に減少しています。また、患者給食について近年、松坂市民病院はもとより、どの病院も質を意識しており、結果、患者給食の委託率は70%台で止まっています。

6)病院職員の定員の問題とコメディカル職員の重要性の認識不足

松坂市民病院では、管理栄養士の病棟配置加算やリハビリテーション職員数を確保しています。現代医療で求められているのは、そうしたコメディカル職員を配置しながら、適正で厳格な人員体制、定員管理を徹底し、高い稼働率を維持することが必要です。

7)正しい人事評価制度の導入 多くの病院は、命を預かる職種としての評価制度が機能していません

松坂市民病院は、医師のみならず、看護師、薬剤師等のコメディカル職員にも正しい人事評価制度を導入しています。

5.まとめ

松本市が巨額な市立病院を建てても、大赤字が続いて破綻する危険が大きい。市議会は、病院問題で判断基準を持たないため、病院側の説明がおかしくても誤魔化されてきた。これは菅谷市長時代と全く同じである。市議会は一旦決めたことは覆さないという。では、国の方針に反した計画が松本市の財政を揺るがしても平気ですか? 市議会議員の誰が責任を取るのですか? 責任は全て市長が負うべきであり、自分達議会は無関係で責任を負う必要はないと言えますか? 市長も議員も交代しますが、「市民の会」の提言は後世まで記録として残ります。あの時は正しいと思ったのでは、後の祭りなのです。

病院の建設敷地は、脆い河岸段丘に囲まれた危険な場所である。ろくに調査もしないで決めてしまったが、一旦決めた以上は変更できないという。日本は地震大国で大地震が数年おきに起きています。東日本大地震、熊本地震、能登半島地震、最近では宮崎県沖地震、神奈川西部で地震が起こっているのに、市長が中央運動広場に建設しても安全と保証しているから、安全!と考えるのは余りにも無責任ではありませんか? 

市長は市民の生命を守る立場にあります。波田の街おこしを優先させ、地震が起これば最も危険な場所に病院を建てるのは、市長としての適性を欠いています。忖度する議員も同じです。なし崩し的な方法によって「病院建設特別委員会」は実施設計予算を承認した。議会本会議でも承認された。賛成する議員は、1日も早く建てるのが議員の仕事であるという。では、議員は市立病院の実績、診療レベル、安全性について分かっていますか? 病院は健全経営ができると言いますが、実績が乏しいのに“頑張れば達成できます”という言葉を信用できますか? なぜ、分からないことや疑問に思うことを専門家に聞く労力を惜しむのですか? 調べるのが議員の仕事のはずですが、どうして自分達で動こうとしないのですか? なぜ間違いを間違いと認め、正しい方向に修正できないのですか?

議員の皆さん、立ち止まるのは「今」しかありません。論語の「子曰く、過ちて改めざる、是を過ちと謂う」(先生はおっしゃいました。「(人はだれでも過ちをおかすが)過ちをなおそうとしないことこそが、本当の過ちなのですよ。」)を市民のために思い出してください。

市政に過ちがあれば、是正するのが議会の役割です。「市民の命と幸せを守るため」に市民に選ばれ、「市民が汗水流して納めた」税金で活動していることを忘れてはいけません。松本市民を不幸しないでほしい。