医療危機について考えよう
1. なぜ病院は医療危機に陥ったのか
①国が行なってきた低医療費政策(診療報酬の抑制)。②少子高齢化・人口減少の予想以上の進行。③患者の医者離れ。④コ・メディカルの人材不足(看護師・介護士・事務職員)。⑤物価高騰(光熱水費・人件費・医療機器・薬剤材料費・食物費・外注費・家賃)。⑥IT化の進行など複合的な要因により全国の病院の8割が赤字になり、診療所の経営も厳しくなっている。
緊急提言31で全国の病院の経営ニュースを紹介したが、人的産業は人手不足と経費高騰で先行きが見通せない。特に医療業界は氷河期を迎えている。
昭和40年代、検診・人間ドック・透析を取り入れた民間病院が大病院に成長した。田中角栄首相の一県一医大構想、新設医大ラッシュで42公立大学、30私立大学となった。医師数は2024年に34万人で国の目標を達成。2040年には1,8万人余り、地方が不足し都会への集中が問題である。人口増加時代に私立医大は47の附属病院を建て、民間病院も多くの巨大病院を建てた。
2024年の全国の医療施設は180,040、病院は8,372で、病床数も154万8千床で人口当たり世界一の病院国である。2025年の人口は江戸時代末期の3,400万人から3.6倍の1億2,359万人になった。人口が増え、経済が右肩上がりの時代は病院と医師を増やすことは妥当であった。最大の失敗は子供を増やす政策を疎かにしたことである。日本の出生数は1949年の269万6,638人をピークに減少を続けている。2001年は117万665人で、2022年は80万人を割り、2024年の出生数は68,5万人になる見通しである。出生数の減少の要因は①若年層の価値観の変化。②金銭面・キャリア面などにおける将来不安。③結婚数が減少していることによる。
2025年は65歳以上の高齢者が3,000万人になり、2040年は2人で1人の高齢者の医療費を支えることになり、2023年の医療費は47兆円であった。
国民が1年間に使う入院医療費は4歳未満9万円(16)、5歳〜40歳10万円以下(11)、55歳10万円(20)、65歳以下15万円以下(20)、65歳以上19万円以上(31)、75歳32万円(48)、80歳以上42万円(50)である。( )内は外来医療費、単位は万円。
高齢者が増えれば医療費が増えるのは当たり前で、健康保険制度は崩壊の一歩手前にある。国は医療・介護・福祉の全てを改革しない限り日本の医療・福祉制度は崩壊すると考えている。問題が複雑で多岐に渡るので抜本的対策を放置してきた。
財務省主導で昨年2月に介護報酬、6月に医療報酬の値下げをした結果、老健施設と病院は大赤字になり経営破綻寸前まで追い詰められている。厚労省は財政出動をせず、前向きな「医療の撤退戦略」の検討が必要と言い出した。
これは病院数と医師数の削減に他ならない。経済の原則による自然淘汰か、ドイツのような医師の公務員化しかないと考える。政策の過ちは、医療関係者にとってはインパール作戦の悪夢の再来になる予感がする。国は頑張ってきた医療福祉関係者の心を打ち砕いた。医療費4兆円削減の方針は、病院経営の破綻と診療所の閉鎖を加速する。国民が受ける医療福祉は質・量とも低下する。
2. 白い巨塔の功罪
山崎豊子の『白い巨塔』は大学医局の封建制を暴き一世を風靡した。教授を頂点に、博士号で医師の人事権を教授(医局)が握っていたのは事実である。
一方で、学問や医療技術を若手医師に仕込む気風や地域医療を確保する医師の派遣は医局の責務であった。古い医局制度が崩壊し博士号より専門医が幅を利かすようになった。学会はこぞって専門医を作り利権化したとも言われている。専門医は大学病院や大病院に残り知識と技量を深め後進を育成するのが望ましい。開業して5年もすると先端知識・技量は維持できないし、専門外のことには疎くなる。開業医は病気に対する広い知識と洞察力、患者の悩みに寄り添うのが宿命である。医局制度時代の総合的知識を身につけた医師が激減している。患者の問診と診察を丁寧に行う医者が少なくなり、検査値しか見ない医者が増えた。検査が多岐にわたり簡便で精度が上がったのは医学の進歩である。それを上手に使い患者にとっての最善の方法を選択するのが医師の使命である。学問の専門分化は致し方ないが、医師としての総合力が低下すれば正しい診断に結びつかない。昔の医者にはひたむきさがあったが、現代の若い医者は、苦労やリスクが多い診療科を嫌う傾向がある。これこそが問題であり、医学教育のあり方が問われる。また、医師と患者の信頼関係が失われ医療訴訟が多発している。
3. 医師と医療界に対する世間の誤解
世間は、医者は外車に乗り立派な家に住み裕福だ、病院は決して潰れないと信じている。昭和42年以前、医学部を卒業した医者はタダ働きの医局生活を送っていた。大学病院以外の病院のパート代で生活していたのである。それに反対する青年医師が国家試験ボイコットをしたのがインターン闘争である。昭和40年代、大学研修医の給与は3万円/月だった(現在30万/月)。文部省管轄の大学病院は教職員なので医師の給与は今でも薄給である。過酷で神経を使い、働く寿命が短い外科医は嫌われ今や857人/年(2022年)しか成り手がない。また、麻酔科医(約1,2万人)は圧倒的な人手不足で大病院以外は手術ができなくなる。
一方、都会では外科を2年経験した医者が美容外科に直ぐ就職する「直美(ちょくび)」が横行し事故が多発している。実になげかわしいことである。薄給な大学病院ゆえに、矜恃のない医者だけでなく優秀な医者も逃げ出すわけである。外国と日本の違いは学位や専門医を持っていても、ベテランでも、保険診療では1年目の医者と同じ診療報酬点数である。多くの患者(3分診療と揶揄)を診る医者(診療所)の収入が多くなる仕組みである。開業医が増えれば(松本市は県下一)、収入は少なくなる。薬価差益、高検査点数はなくなり、人件費は上がる。若者は市販薬を買って受診しない。高齢者は月1回の診察も足がなくままならない。退院しても家族が看護できず老健へ入所する。やがて高齢者は体調を崩し死亡する。診療報酬の削減と患者の減少・・これが診療所の実態である。
病院は外来診療点数が低い。慢性疾患の入院制限期間は回復期で1カ月、地域包括で3カ月、急性期は2週間以内、DPC(診断群分類包括評価)は10日以内になっている。急性期ではDPC病床以外は採算が合わない。高点数が取れるDPCは看護師が患者7人に1人必要で2倍の看護師が必要になる。高度医療や高度救急を行うには高額医療機器、多数の専門医、技師などのコ・メディカルを確保しなければならない。65歳以下の人口が少ない地方の病院はDPCや救急医療でさえ採算が合わない。何をやっても支出が収入を上回り赤字になる。・・これが病院の実態である。医療費の削減は病院の破綻を加速するだろう。日本の医師年収は1,468万円で世界38カ国中下から4番目で決して高くない。
4. 自治体病院はなぜ赤字になるのか
自治体病院の多くは山村、離島等のへき地、不採算地区にあって地域医療の確保に努めており、その使命は「都市部からへき地に至るさまざまな地域において、行政機関、医療機関、介護施設等と連携し、地域に必要な医療を公平・公正に提供し、住民の生命と健康を守り、地域の健全な発展に貢献すること」(「自治体病院の倫理綱領」より)である。
全国の自治体病院(市町村・都道府県・独立行政法人)は955から855まで減少、全病床数の11%を占める。91.7%が慢性赤字である。赤字の原因は、①患者が少ない。②役割として掲げる高度医療、専門医療、高度救急医療は殆どできない。③自治体病院の給与が全職員平均では医療法人600万円弱に比べ約760万円と実に25%高(厚労省調査)であることによる。
自治体病院は課題である①地域医療構想を踏まえた役割の明確化。②経営の効率化。③再編・ネットワーク化。④経営形態の見直しに積極的に取り組まない。
赤字の穴埋めは、市町村等がして当然と考える行政依存体質が染み付いている。首長が病院の言いなりになるのは、選挙が怖いからである。これでは市町村等の財政がもたない。市立病院は政策医療だからといって大赤字の事業はやめるべきで、市も補助金を出すべきではない。
5. なぜ日本人は長生きになったか
日本民族が他民族に比べ長生きするDNAは存在しない。ではなぜ日本が世界一の高齢者国家になったか。
①誰でもどこでも安く一定以上の医療にかかれる健康保険制度。②経済的に裕福になり栄養失調がなくなった。③国民が健康に関心を持ち、薬・検査好きである。④世界一多い病院と病床。⑤医療水準の高さと勤勉な医師が多かった。⑥高齢者の終末期医療における胃瘻形成や経管栄養などである。
6. 医療のパラダイムシフト(価値観の転換)
日本は、病院依存型医療を長年進めてきた。病院は医療費の80%以上を使い、急性期医療に備え高額医療機器の導入競争(CTは世界一多い)と、減価償却のため無駄な検査と薬代で医療費が増える悪循環になっている。
毎年、厚労省は検査点数と薬価を下げてきたが一向に医療費の減少は見られない。そこで、「病院中心医療」から「在宅中心医療」へと価値観の転換を行った。しかし、これを支えるには在宅医療を充実させることが必要である。在宅訪問を行う訪問看護師、理学療法士、介護士を増やさなければ機能しない。しかし、職員減少、低賃金、長時間労働のため看護師、介護士、事務職員の離職が増え、慢性的な人手不足が続いている。なお、過去20年で医療介護労働人口は6倍に増え、一方、製造業は4割減、建設業は半減している。
2024年4月、国は職場環境の改善ではなく介護報酬の引き下げを行なった。中小規模の訪問看護ステーションは赤字で廃業に追い込まれている。東京都は2025年、13万人超の介護難民が出るので「地方が介護難民の姥捨山」になる。
2050年度には「要介護」か「要支援」は941万人と2020年度から4割増え400万人の「介護難民」に対し介護職員は120万人不足する(第一生命経済研究所)。
7.「医療の撤退戦略」は序章にすぎない
2025年1月30日、厚労省は医療介護福祉政策研究フォーラムで「医療の撤退戦略」に言及し参加者も賛同した。撤退戦略はやむを得ないが、問題は国が「グランドデザイン」を作らないことである。撤退戦は昭和以降の日本人の最も不得意とするところである。朝鮮半島経営、中国戦線しかり、ミッドウェイ、ガダルカナルしかり、バブル経済崩壊後しかり。今、日本の国家予算の33.5%が社会保障費、24%が国債費(借金返済)、地方交付税費が15.8%。介護戦力が足りないのに総力戦でインパールに突入すれば、医療福祉は壊滅する。国民の命を優先するのが政治の最大の責務ではないか。政治のパラダイムシフトこそが問われる。
厚労省は、病院の合併に大型補助金を出すことを決めたが、設立母体の違いや地域との関係でうまくいかないであろう。国民は「おらが町のおらが病院」という呪縛から逃れられないのである。厚労省は地域医療構想に反対する考えや保険診療の逸脱行為には、さらに厳しい姿勢で臨むと宣言している。
医師不足である小児科、産科は従来の2次医療圏での連係では成り立たないのでさらに広域で考えるしかない。医療の無駄を省き、都市部の老健施設への過度の往診や美容外科開院の制限を行う方針である。特に、地域医療を担う病院の特化と連携を促進する。急性期病棟をさらに減らし、回復期病棟へ置き換える。そして、長期的には置き換えた回復期病棟も減らし在宅医療に向ける。
国は長年、医療・福祉の一体化と財政の健全化を謳うが、その場合しのぎに終わっている。常に関係者が振り回される結果になっている。「医療の撤退戦略」 を冷静に見つめると、国は人口減少を根底に据え、増やし過ぎた医療を縮小する。経済の原則に基づいて、病院の淘汰と増え過ぎた医師の削減を考えている。
2024年、医療機関の「倒産」「休廃業・解散」は過去最多の786件で今後さらに増加する。思い切った変化を嫌う国民性と結論が見えていても取り組まない官僚機構が改革の歩を遅らせている。これらはあたかも「部屋の中の象(見て見ぬふりをする)」を決め込んでいるかのようである。
子育て対策に失敗した日本の若年人口を増加させることは至難の技である。100年後の日本の人口は江戸時代へ逆行していくのであろう。
人口が減少していく時代にさらにそれが顕著な地域に「巨額病院」を建てることなどもっての外である。北野管理者は患者が意図しない在院日数を伸ばして延べ入院患者数を増やし、新聞発表しているが明らかに違法行為である。
市病院局の経営予想は10年間で103億円の赤字になる。債務超過で潰れる病院を作るのは自殺行為である。経営改革をしないで赤字は税金頼み。地域医療も分からず「自分達が望む病院」を建てるのは世間では通用しない。
波田地区に病院を造るのであれば、より安全な健康福祉センター周辺にすべきである。国の方針に従い、地域住民のための「身の丈にあった」、経営が持続する病院を建てるしかない。
8. 都市部で病院が消える時代になった(週刊東洋経済2月号より転載)
コロナ補助金終了で赤字病院が半数。病院の利益率はマイナス。患者減少で病床稼働率は70%台。人件費率が上昇。自治体病院の減少が加速している。





病院収益悪化の4重苦
- 診療報酬の抑制
- 医療人材不足による人件費上昇
- 材料・医療機器の値上げ
- 患者数の減少
9.「巨額病院」建設とでたらめな経営予想は自殺行為
〜市財政部は見て見ぬ振り・議員は数字が読めない?〜(単位:百万円)
項目 | 2023年 | 2024年 | 2025年 | 2026年 | 2027年 |
---|---|---|---|---|---|
医業収益 | 4,327 | 4,457 | 4,664 | 4,733 | 4,812 |
入院 | 2,436 | 2,034 | 2,802 | 2,884 | 2,949 |
外来 | 1,349 | 1,334 | 1,342 | 1,350 | 1,363 |
補助金 | 777 | 377 | 365 | 360 | 432 |
職員給与費 | 3,163 | 3,185 | 3,161 | 3,159 | 3,144 |
給与比率% | 74.4 | 78.9 | 73.5 | 72.2 | 71.8 |
医業外費用 | 160 | 170 | 175 | 181 | 289 |
医業損益 | △584 | △444 | △256 | △138 | △71 |
項目 | 2028年 | 2029年 | 2030年 | 2031年 | 2032年 | 合計 |
---|---|---|---|---|---|---|
医業収益 | 4,861 | 4,861 | 4,861 | 4,875 | 4,861 | |
入院 | 2,926 | 2,996 | 2,996 | 3,004 | 2,996 | |
外来 | 1,363 | 1,365 | 1,365 | 1,371 | 1,385 | |
補助金 | 777 | 775 | 766 | 765 | 764 | 61,50 |
職員給与費 | 3,131 | 3,128 | 3,109 | 3,054 | 3,043 | |
給与比率% | 76.6 | 76.5 | 76.6 | 74.3 | 62.6 | |
医業外費用 | 409 | 407 | 405 | 404 | 400 | |
医業損益 | △561 | △553 | △511 | △454 | △584 | △41,50 |
(2022年11月、市病院局が厚生委員会に提出した資料の抜粋)
- 病院の医業収入の殆どは入院と外来で、支出の大部分は職員給与費である。
- 市立病院の2023年の医業収益43億円強が、2027年は補助金が3億円強減っているのにかかわらず医業収益が4.8億円増え48億円強にはならない(嘘)。
- 補助金(医業外収益)は自治体病院以外にはない。僻地・離島・医療の脆弱な地域などは採算が取れないので、行政が税金で補填しているのである。
- 補助金は2024年〜2027年まで少なく記載。それ以降は7.7億円に増額。
- 職員給与費は31億円台で推移している。給与比率(給与費÷医業収益―補助金)は74%台(全国は60%以下)。市立病院は経営改革するつもりがない。
- 医業損益は10年間赤字で、2027年以降は毎年5億円の以上の赤字になる。
- 結論:市立病院は10年間で補助金を61,5億円入れても医業損益は41,5億円。総額△103億円の赤字である。これには起債返済30億円が含まれない。
- コスト意識が全くない。資材が70%、労働単価が20%近く上昇している。高機能の病院が必要か。病院そのもののあり方を考え直す必要がある。
- 全国の病院建設は中止か計画の見直しをしている。これ程でたらめな計画はない。
- まともな市職員と市議会議員はこの計画には賛成できないと考える。
- 国の医療政策に反する「巨額病院」建設は財政的にも無理である。白紙に戻し、一から出直すしかない。
10. 病院の建設場所はどこがよいか
〜松本市は病院建設で選ぶ場所を3回失敗をしている〜
市は波田が特殊な地形であることを考慮していない。駅一帯は地震でできた窪地で南北を脆い河岸段丘に囲まれた狭く危険な場所である。明治10年に完成した「波田せぎ(農業用水路)」の存在。①土壌汚染で購入できなかった鉄工所跡地。危険区域に建っている②現病院と③駅前広場。より安全な場所を選ぶのが市の責任である。建設場所としては梓川高校南側の高台にある「西部保健福祉センター(以下、センター)」(松本市障害者就労センター波田・デイサービスセンター・西部地域包括支援センター)、老健温心寮、ちくまの特別養護老人ホーム、認定こども園ひなたぼっこ、みつば保育がある。「センター」は平坦で広い場所で見晴らしも良い。当初から新病院の有力な候補地で、市立病院職員、地元住民が支持している。とんでもない話!市は「センター」西側の売却意向調査も行わず宅地転換は何年も掛かる(虚偽)とし、市所有の中央運動広場に決める安易な方法を取った。夜間照明つきの運動広場は簡単に移転できると高を括ったのである。ところが何処も引き受けないので、病院移転の有力候補先「センター」西側の購入を言いだした。新たな運動広場は数億円かかり本末転倒である。市長が駅周辺活性化で決めたが、病院建設と街づくりを一緒にすべきでない。なお、平成7年波田町と病院幹部が新病院を「センター」西側で合意した経緯がある。
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