新市立病院のあり方を考える市民の会

巨額な市立病院を波田に建てることに反対する

〜松本市は県内で医療の質と量が最も恵まれた地域である
大赤字で潰れる病院を建ててもいいですか〜

1.はじめに

松本市は県内で医療の質と量が最も恵まれた地域である。市長はその一部である波田に巨額な市立病院を建てようとしている。少子・高齢化が進み人口が減少していく時代に本当に高額な病院が必要なのだろうか? 波田から松本市の中心部まで11kmの距離である。元来小さな病院である市立病院が、「市立」を理由に大風呂敷を広げても医療レベルがそぐわなければ患者は集まらない。

病院は維持するには多額の運営経費がかかる。管理者は経営改革・機構改革を行わずとも収益を上げることができると強弁するが実現しないだろう。病院を潰さないために市が多額の税金を投入し続けることは困難である。「どうせ建てるなら大きなもの」を、そんな安易な考えは最早通用しない時代なのである。

国は人口増加時代に増やし過ぎた病院と診療所を縮小する方針である。そのために、厚労省は2023年6月診療報酬の縮小を行なった。

コロナ禍後の患者の受診控え、物価高騰(光熱水費、薬剤費、材料費、リース費、外注費、食物費他)、給与の引き上げ、働き方改革により公定価格である医療は何をやっても赤字になる。全国の病院と診療所の経営が急激に悪化し、倒産してもおかしくない状態にある。また、建設費は資材と人件費が高騰し2年前に比べ1.7倍以上になっている。NHKの調査では、築40年の老朽化した病院は全国で1,600余あるが、現状で建て替えは困難。長野県の病院も病床の削減、診療科の見直し、職員の賞与カット等の経営努力が行われている。

建設費は更に上がるので長野赤十字病院、昭和伊南病院は病院建設計画を延期した。このような社会・経済・医療情勢の中で、松本市長が市立病院建設を強行することは暴挙である。誰が考えても一旦凍結して、一から考え直すのが妥当である。市民が声を上げることが肝心である。

2.市立病院の総事業費は1.7倍になった

2025年6月25日、市立病院は病院建設特別委員会で市立病院は総事業費が令和4年度に策定した基本計画87億円に比べ1.7倍の約153億円と発表。市長部局と連携し収支計画を見直すとした。市長は記者会見で「建設資材・人件が上がるが税収も上がる、公共事業における建設単価の見直しを含め、一般会計からの繰入れを我々がどう考えるかも踏まえて検討してゆく」と述べた(信毎・市民タイムス)。

しかし、建設単価は市長でなく市場が決めることで、病院建設以外の経費も増えている。市の税収入は大幅に増加しない。経済の悪化と人口減少と国の方針により、既に急性期主体の「巨額病院」は行き詰まっている。

なお、後述する4月に起きた重大な医療過誤事件を抱えながら、6月に特別委員会を開き、市議会議員に対して“しれっと”莫大な事業費報告を行った病院幹部は、“心底おぞましい輩”としか言いようがない。患者家族の心中を察すると胸が痛む。

市議会は、①高額な建設費は財政に悪影響を及ぼす、②収支見直しでは、先のプランで一般会計からの繰入金を7.7億円に増やしたが、病院の収入増は実現しない、自治体病院の繰入金は、200床以下では2億円程度である。松本市は病院の言いなりである、③銀行から借りる30年の金利50億円を忘れてはいけない、④新病院建設の財源は病院事業債で、半分は市が一般会計から繰り出す、今後は増額分を市がどの程度負担するか市と病院で話し合うという。市立病院は市に事業債の半分を返済するルールがある。勝手に一般会計からの繰入れを増やせば財政規律を変えることになる。153億円の半分76億円を30年で返すには年2.5億円が必要。慢性赤字病院には不可能。計画は初めから経営的に成立していない。

3.松本市の財政は健全でない

〜巨額な建設費と運営費を捻出すれば、市の事業は全てストップする〜

市長発言の信憑性を正す。松本市の2025年度の市税収入は390.5億円弱(住民税、法人税、固定資産税、ふるさと納税他)で収入増は前年比20億円余(5.1%)に過ぎない。2025年度の市債発行額(借金)は65億円市債残高(借金)は695.5億円もある。財政調整基金(貯金)の残高は125億円になった。松本市の財政は国と同様に借金まみれである。

一方、市職員2,000人の人件費は150億円で毎年3%(4.5億円)の賃上げが必要。市長はAIによる役所のスリム化を行うのでなく逆に職員を増やしている。

市の臨時職員は800人、社会福祉協議会職員は約400人(多職種は理解)。しかし、このままでは人件費倒れになってしまう。一方、優秀な新人から市役所を辞めて行くのは、やりがいがなく統治や公平性が守られないからだろう。

2025年度の総予算は1,103億円余に増大した。前述した収入増は期待出来ない。不足分は国の地方交付税交付金、財政調整基金を15億円取り崩しと市債65億円(借金)である。支出の95%は使途が決まっており市長の自由裁量は極めて限られている。新規の事業は全て起債(借金)に頼るしかない。

ごみ焼却場600億円(国が200億円)、市庁舎建設300億円(推定)、給食センター建設44.5億円を2ヶ所、松本市保健所建設47億円(推定)、給食費無償化11,5億円、保育士増員1億円、丸の内中学校建て替え(昭和の同時期に建てられた多くの小中学校の今後は?)、道路拡幅、医療・福祉、教育費、松本駅前整備計画、セイジ・オザワフェスティバル1.5億円、マラソン大会1億円(未定)等他事業も目白押しである。

市の財政は火の車である。徹底的な無駄の排除が必要だが、市長は無駄を省くことや財政に関心を持っていない。200億円を超える市立病院建設と10年間で100億円の運営費の捻出は困難である。強行すれば他の事業は全て止まる。

注:地方交付税金とは、総額19兆円で所得税・法人税の33.1%、酒税の50%、消費税の19.5%、地方法人税の全額とされている。市町村が自治体を運営する税金が約3割しか集まらないので、国が地方に変わって集める税金で返還する必要はない。一般財源として地方の自主的な判断で使用できる財源である。不交付団体は裕福な東京都など83団体で長野県は軽井沢町のみである。

4.どこに問題があるかをはっきりさせる

1)市立病院の役割とは

市立病院の役割は「包括期機能」である。これは一般診療と高齢者の救急であり、高齢患者の入院・治療・早期リハビリで早期の在宅復帰を目的とする。管理者の考えは国の方針とは異なり急性期を主体にした「コンパクトな多機能」である。コンパクトと多機能は矛盾している、小病院は医療の全て(多機能)は出来ないので間違いである。

2)経営改革(市立病院は前提条件を無視した)

管理者は病床削減と多い診療科を削減する、他病院より高い人件費を削減する、独立行政法人への移行という経営改革を全て曖昧にした。無駄の排除、経費の節減、組織の見直しをしない限り健全な経営は出来ないはずである。

3)総事業費は膨大すぎる

総事業費153億円、銀行金利50億円、中央運動広場の移転と駅周辺整備に10億円以上かかる。建設費はまだ値上がりするので補正予算を組むことになる。
総事業費は200億円を遥かに超えるだろう。10年間で100億円の運営費を入れなければ潰れる病院になるだろう。
果たして松本市民は巨額な市立病院建設を望んでいるだろうか。強行すれば、市の大型事業が全て先送りになる。松本市は、市民芸術舘の建設に際し、小・中学校の大規模改修を10年間先送りした経緯がある。市民生活を犠牲にしてまで巨額な市立病院を建てる理由はどこにもない。松本医療圏の医療の質と量は長野県で一番で足りている。余計な事業は行うべきでない。波田地区に必要な病院はこんな巨額病院ではない。

4)繰入金(税金)投入は少ない限度内で

自治体(市立)病院にしかない繰入金(税金)の投入である。元来、離島・僻地など医療が過疎である地域の住民を守るため、行政が赤字を補填して病院を存続させる仕組みである。離島・僻地の赤字はやむを得ないが、都市部の自治体病院も税金依存にどっぷり浸かり90%が大赤字である。近隣の病院は経営と医療の質を高める努力を重ねている。その結果、自治体病院は市民から選ばれない病院になってしまった。医師は優れた指導医と患者が多い施設を選ぶことから、自治体病院は医師と看護師の確保に給与を上げることになる。その赤字を補填するには繰入金を増やすしかない。監督する総務省も、自治体病院は統合か撤退しかないと考えている。病院の要求通りに繰入金を増やせば、自治体の財政が持たないからである。
財政部にもの申す。財政は市政の根幹で正しい予算組みと公正な支出統制が役割である。財政部は過去に、総務省に提出する決算書を元病院局長が粉飾した件を黙認している。今回も、市立病院の杜撰な「経営強化プラン」を黙認している。新病院の繰入金4億円を7.7億円に増額しているが、病院が返済すべき起債が入っている可能性が高い。これは、財政規律に反する行為である。市長の「一般会計からの繰入れを我々がどう考えるかも踏まえて検討してゆく」発言で、ないがしろにする問題ではない。財政の根幹に関わる問題であって、市長の言う通りにするのであれば、財政部はいらない。

5)赤字病院が高額な医療機器を買い揃えた

本年7月1日の市立病院広報誌(えがお)で1.5テスラMRI(バージョンアップ)、2台目のCT、骨密度測定機器、血管撮影装置を整備したと宣伝した。専門者会議は脳や心臓手術・ステント挿入が出来ないので、血管撮影装置は購入しない。また、民間病院を圧迫しないよう検診業務を自粛することも決まっていた。どこの病院も財政難で簡単に医療機器は購入出来ない。2024年度の国立大学病院の赤字は過去最大で285億円になった。千葉大学病院長の大鳥精司会長は記者会見で、「新たな医療機器が買えず施設整備が止まっている状況、このままでは間違いなく病院は潰れてしまう」と述べた。市立病院は合計2億円余の投資をした。透析患者のシャント作成に応用する血管撮影装置は買うべきでなかった。どこの病院でも医療機器の購入には厳しいチェックがある。要求する病院(事務長)とチェックする松本市(病院局長)が同一人物だから病院の思い通りになる。臥雲市長の組織改悪は市立病院を野放図にしている。昔の松本市のチェックは厳しく、要求が通らないので農協から資金を調達したこともある。
市立病院に行けば毎回高い検査をやるが「異常がない、齢のせいだ」では困る。
市は高額な医療機器を買い与え、職員の検診を市立病院に誘導しているが、検診をどこで受けるかは個人の自由であることを付記する。

6)経営予想は常に最悪を考えること

全国の病院の7割が赤字かギリギリの経営を余儀なくされている。原因は先に述べた医療費の抑制他である。市立病院だけが黒字になるとは誰も思っていない。病院を潰さないために、経営出来ない病院に毎年、膨大な税金(繰入金)を注ぎ込むことは許されない。経営改善に掲げた救急患者を増やしても重症患者は入院しない。外科手術患者は、医師の技術と実績で病院を選ぶ。がん患者は術前放射線療法や術後治療・経過観察にがん特定病院を選択する。乳がん手術は一般病院では出来ない方向に進んでいる。市立病院は将来、DPC(1日あたりの定額の包括医療費)の辞退も視野に入れる必要があるのではないか。
経営予想は、①最悪の事態を想定し嘘や楽観的な数字は駄目である。②建設予算を議会に上程したいならば、2024年度の決算書を8月に示す必要がある。③「経営強化プラン」の焼き直しは破綻する計画で、渡辺病院局長(兼事務部長)の責任問題になる。④財政部と市長部局が正しい判断が出来るか注目される。

7)管理者が基本設計業者の選定で犯した不正は決着していない

病院の基本設計業者の選定はプロポーザル方式で4階建を5会社に発注した。ところが1社が5階建で応募したが普通はこれを、いの一番に落とす。判定は管理者、病院長、事務長、副市長と部外者(信大医学部前教授)で行い、設計・建設・財政関係者は含まれなかった。部外者は応募規定に合っていないと疑義を述べたが管理者は押しきった。結果は狭い敷地では使い勝手が良い5階建に決定。
問題は、判定当日に応募規定を変え、競合する4社を除外したことである。
川久保市議会議員が一般質問で質問し、「市民の会」は文書で追求した。これに対し「設計自体を審査したのではなく、いかなる技術提案ができるかを主に審査するものです。」「公平性を欠いていない。」と回答したが納得できる説明でなかった。競合会社が提訴すれば管理者の不正は免れない。松本市は意中の業者に決めるため、建設業界の不信を買った管理者のコンプライアンス違反を放置している。弁護士が対処する事件ではないか。

8)市立病院の建設場所は狭くて危ない

危険で狭い、駅前の中央運動広場は病院を建てる場所でない。駅周辺整備には多額の資金が必要になる。波田の住民や病院職員が望む、安全で広い敷地が確保できる「波田健康福祉センター」付近に変更すべきである。波田住民は「一日も早く建てて」だろうか? むしろ「慎重に考えて」ではなかろうか。
賛成したから、今更変えられないという硬直した議員の考えは間違いである。あくまで患者中心に安全性を考え、波田地区の利用者の意見を聞くべきである。

9)もの言えぬ病院職員は哀れである

病院職員は、病院経営や市に反対することは何一つ言えない。事務部長と管理者が市に通報し個人に圧力がかかるからである。市職員労働組合出身の市議会議員はこのことをどう考えているのか。中村前病院長は職員を代表して特別委員会で発言しようとしたが潰された。パワハラは許されない。一方、管理者が少数の病院職員を集めて行ったブレスト会議は、患者集めに「病院のキャラクター人形」を作る、高齢患者がいつも気にする「草取りの畑」を用意する。中身がこれでは、危機意識がないので経営はできない。
このままでは、危険な場所に潰れる病院を作り、赤字に加担することになる。職員は勇気を持って発言しよう。パワハラを受けたら訴えればよいのだから。

5.市議会議員の役割

〜保身(選挙)しか考えない議員はいらない〜

市の提案を自ら調査・学習して案件の可否を決めるのが議員の役割である。
6月25日、市立病院は特別委員会に総事業費の中間報告をした。今井委員は「高騰する建設費」を心配。牛丸委員(波田町職員-市職員-波田地区センター長-議員)は、「建設費は問題でない、早く建て患者が来て波田が賑わえば良い」と発言し、他の委員は唖然となった。行政や波田を知る人間の失言では済まされない。牛丸議員は市民に自分の考えを説明する責任がある。病院を建てれば、40年間医療の質を保ち経営を安定させる責任がある。税金を当てにして経営や医療の向上を考えない病院は厳しい医療環境を乗り切れない。病院建設はギャンブルでない、常に最悪の事態を考えるべきである。赤字は牛丸議員が補填するのでなく全て市民の税金である。
そこで、「市民の会」は30人の全市議会議員に新市立病院建設に関する25項目のアンケートを行なった。

6.アンケートと結果

回答は16人(50.3%)であった。回答した殆どの議員が新病院建設に関し、市立病院の考え方に反対であった。質問の内容は、病院の果たす役割、国の医療政策の変更、基本設計で示された規模・設備が、専門医療や高度医療が不可能な病院として過剰投資ではないか、広すぎないか、高齢化人口減少地区に見あった病院でなく重装備した病院になっていないか、7診療科、医師27人は病院のコンセプトである「コンパクトな多機能病院」からすると間違いでないか、経営予想は大赤字で潰れる心配はないか、建設場所は狭く危険でないか、病院建設とまちづくりを一緒にしていいか、一から考え直すべきであるを、知っている、知らない、思う、思わない、どちらでもないで回答してもらった。
◯殆どの議員が新病院建設に関し、市立病院の考え方に反対であった。
意見として、国の政策や医療状況を知らない、病院が頑張れば経営は可能でないか、経営の安定は定義により変わる、180床では95%は一部可能、専門医療は一部できる、地域として市立病院は欠かせない、早く作ってという意見がある、一から考え直すのは反対、建設場所に賛成したので変更できない等であった。
◯誠の会7人、政友会7人は回答を拒否した。そこで、会派責任者に拒否した理由を文書で求めたが返事はなかった。
市議会議員は「市民の会」が2017年から今日まで約8年間、新市立病院のあり方や特別委員会における病院側と委員の議論を詳細に検討し「緊急提言」やホームページで発出してきたことを市議会議員は知っているはずである。
2025年6月27日、「市民の会」は市議会議長に建設特別委員会で議員と議論する機会を作るようにお願いした。村上委員長は日時と場所を決めたが一部委員の猛反対で撤回した。市民から選ばれた市議会議員は、市民の質問に応える義務がある。今回の行動が、議員自ら民主主義を否定していることに気づいていない。「見ざる、聞かざる、言わざる」は実におぞましい。議員の役割を放棄している。回答拒否は市議会基本条例“市民の意見を的確に把握すること”、“市民に対し説明責任を果たすこと”をしなければ税金で活動している議員として失格である。市民は、それを断じて許してはいけない。

7.全国100の公的病院の年間赤字額は驚異的(7/21 週刊現代より)

〜国が迅速に対応しなければ日本の医療は崩壊する〜

順位病院名住所病床数外来患者数職員数⾚字額
1位 多摩総合医療センター東京都府中市7891504⼈1511⼈−89億2800万円
2位 墨東病院東京都墨⽥区7651025⼈1434⼈−86億4400万円
3位 駒込病院 東京都⽂京区8151040⼈1189⼈−75億7800万円
4位 広尾病院東京都渋⾕区408466⼈726⼈−70億3500万円
5位 千葉県がんセンター千葉県千葉市450577⼈1116⼈−59億8800万円
6位 さいたま市⽴病院埼⽟県さいたま市6371094⼈1386⼈−57億9200万円
7位 ⼤塚病院東京都府豊島区498631⼈749⼈−54億5200万円
8位 はりま姫路総合医療センター兵庫県姫路市7361031⼈1696⼈−50億700万円
9位 静岡がんセンター静岡県⻑泉町6151366⼈1613⼈−47億4700万円
10位 神⼾市⽴医療センター兵庫県神⼾市7681791⼈2928⼈−45億2700万円

11位から30位は43.5億円〜33.2億円、31位から50位は32.9億円〜28.07億円、51位から70位は28.03億円〜25.06億円、71位から100位は24.45億円〜21.01億円の赤字である。殆どが、がんセンターや特定機能病院で地域の専門医療や高度医療を担っている。また、42の国立大学病院280億円、日本赤十字病院456億円、私立大学病院、済生会病院、JA病院、自治体病院他、民間病院の殆どが赤字である。その原因については詳しく述べたが、病院がなくなる次元の深刻な事態になっている。国、自治体が迅速に対応しないと適切な医療を受けられない人や介護難民が増えて社会は大混乱に陥るだろう。

8.医療ミスで新生児が脳に障害

〜市長いわく、病院建設はしっかり立ち止まらないといけない〜

2025年7月22日、重大な医療事故が明らかになった。助産師2人が胎児の心拍数モニターの異常に気づくも戻ると楽観し産科医に報告せず、胎児が低酸素状態に陥った。急遽、吸引分娩で出産するも仮死状態。救急処置を行い県立こども病院に搬送され治療を受けたが、重篤な「低酸素虚血性脳症」になった。

4月に起こった事故を7月に病院長、管理者、市長が記者会見をして謝罪した。しかし、産婦人科部長、看護部長、事務部長が出席しない異様なものであった。市立病院は緊急事態が起これば直ちに帝王切開を行う体制が取れないので周産期医療は無理である。佐藤病院長は「産科内の日ごろのコミュニケーションが不足していたのは否めない」、北野管理者は「病院は医療を安全に提供するのが一番重要だが、それが出来なかった」、臥雲市長は「報告は原則的対応であり怠ったのは、市民の信頼を損なう事案。」、「ここでしっかりと立ち止まらないといけない」とした(7月23日 信濃毎日新聞)。

分娩の取り扱いは中止になった。市立病院の出産件数は近年激減している。 分娩の存廃を決めるのは松本市である。万一廃止しても松本市、安曇野市には分娩施設が6カ所あるので松本医療圏の分娩に大きな支障はないだろう。

驚くべきことに阿部市議会議長は事故を知らされていたにも拘らず、副議長や会派の長に知らせなかった。6月に特別委員会が開催され建設予算が報告された。中立であるはずの市議会議長が黙っていたのは大失態である。

市立病院で公になった医療事故は①2009年10月中学生死亡事故、②2023年3月病理解剖での遺体取り違え事故、そして今回の③2025年4月周産期医療事故である。①は頭痛、嘔吐の子どもを感染性胃腸炎と診断。帰宅時に頭痛で動けないので入院させるように看護婦が上申するも小児科医は却下。翌朝4時緊急搬送されるも死亡、医師の注意義務違反で敗訴した、なおX線技師が当直しないのでCT検査が出来ない不利があった、②研修医指定病院の病理解剖で、対象者を救急で死亡確認の遺体と取り違えた。解剖が始まっても、遺体が誰であるか知らなかった。病理医がカルテで虫垂炎の手術傷の有無で気づいた。ミスを病理医の責任にしたので信大病理教室から抗議を受け最終報告書は職員でない研修医の責任になっている、③助産師のスキル不足はあったが、周産期医療の体制ができていなかった。

小児科医師が悪い、研修医が悪い、今回は助産師が悪い、全て現場のせいにして責任を取らない幹部にこそ問題がある。大赤字を出しても名誉病院長として病院に留まる。幹部がケジメをつけなければ、職員はついて行かないだろう。他の診療科(整形外科、内視鏡検査)は大丈夫か? 外部の専門家が診療体制を見直す必要がある。ひどい病院というイメージは簡単に払拭できないだろう。

市立病院の診療に対する医師の職業意識や看護師の患者に寄り添う意識が著しく低下しており、病院を建てるどころの話でない。病院管理者、病院長、看護部長、事務部長は、この事実をどれだけ深刻に受け止めているだろうか?

9.おわりに

松本市は、広い外来、重装備の医療機器、広い検査室、3つの手術室を備えた「巨額な病院」を作ろうとしている。しかし、スタッフの能力に見合う具体的な展望を持ち合わせていない。産科の対応で病棟は変わる。病床稼働率を95%以上に保つ、救急を主体にする、手術患者を倍増するは実現不可能である。問題は財源である。将来世代につけを回すことにならないか。日本の財政は先進国で最悪で長期金利が上昇傾向にある。楽観的な見通しでなく、市の財政の実態を踏まえ丁寧な説明がされていない。

人口減少・高齢社会で、小病院の役割は「包括期医療」なので「巨額」でなく「身の丈に合う」病院でよい。大切なのは「箱」ではなく「人」である。市立病院のキャチフレーズ、患者さん中心の「権利と安全」とは程遠いことが、産婦人科の医療過誤事件や過去の医療事故の対応で露呈した。

この問題で最も重要なのは市長が市民の信頼を得ているかである。市長は、途中から考えを変え、市立病院建設の経過と中身について何一つ真実を語っていない。市役所と市立病院のガバナンス(統治)とコンプライアンス(公平性)が機能していない。既に市民団体から市政運営を疑問視する声が出ている。

市立病院建設は決して難しい問題ではない。①医療の質と量に恵まれた松本市に「巨額な病院」を作れば市の財政を圧迫する。②小病院の役割は「包括機能」であり、一般診療と高齢者救急でよい。③経営改善案は現実的でないので失敗する。④病院は赤字になれば潰れる。多額の繰入金(税金)を投入し続けることは不可能である。⑤現在の建設場所は狭く危険で多額の整備費がかかる。⑥今、国の方針で病院と診療所の経営が困難になっている。⑦一旦、凍結して一から考え直すしか方法はない。

臥雲市長が着任し市立病院建設計画は、専門者会議が国の方針や時代にマッチした「提言」を策定し市長も了承した。ところが北野管理者が、強引に「巨額病院」に変更したことは縷々述べた。それに市長が巻き込まれ本質を見誤ったことが迷走の原因である。管理者が不正を冒してまで強引に進めたのは何故か理解できない。
全国の病院の7割が経営不振で破綻寸前である。病院建て替えは中止となり見直しを余儀なくされている。基本・実施設計費用の合計は2.8億円余である。

  • 国の医療政策と経済情勢と病院経営を考えないで、規則違反までして大風呂敷を広げた北野管理者の責任は免がれない。
  • 正確でない総事業費、杜撰な経営予想、返済する起債を繰入金に含めれば、渡辺病院局長の責任問題になるだろう。
  • 任命者の市長は、管理者案に戻るか、きちんとケジメをつけるか市民の注目はこの一点に集まっている。
    産婦人科を止めれば現状のままで良いというのが市長の本音なら、「ここでしっかりと立ち止まらないといけない」という市長の発言はまやかしである。
    市長発言は非常に重いものである。市民はその場合限りの発言には、もうだまされないだろう。
  • 残念なことに市長に助言しない職員と物事の核心が分からない市議会議員によって松本市の自治が大きく揺らいでいる。
  • 病院が潰れたら誰が責任を取るのか、その時は臥雲市長、北野管理者、病院長、事務部長の誰もいない。
  • 市民は新市立病院建設を他人ごとと思わないで、「新市立病院のあり方」について、税金の使われ方の観点から一緒に考えていただきたいものである。

最後に、私たちはもっと大事なことに関心を持つべきではないでしょうか。
マスコミは医療危機の重要性に気づき、ようやく医療現場の窮状を報道するようになった(7参照)。医療・福祉を縮小させる国の政策は明らかに間違っている。このままでは日本の医療と福祉は崩壊する。これは国民のセフティーネットです。世代を横断した持続可能な負担と給付のバランスを考えれば、医療者や高齢者に負担を押し付け、若年者の負担を少なくすれば良いではありません。
税制改革や予算配分のあり方について、与野党が国難として捉え、挙国一致で抜本的に見直すしかない。全て国債依存で先送りしてきた政策に終止符を打たなければ、日本の国自体がもたなくなります。
医療と福祉が崩壊すれば被害を受けるのは国民ですから。